[hikaliのゲーム論](11) ふしぎなキリスト教 物語解析解説(後編part7)


 こんばんわ! 管理人のhikaliです。
 えっと、ずいぶんと長引いていますが×盛り上がっていますが、みなさま、ついてこれておりますでしょうか……。

 さて、前回よりずいぶん間が開いてしまったのですが、実はとても難しい問題にぶつかってしまったのです。これまで全く考えても見なかった問題にぶち当たりまして、どうしたものかと困ってしまったのです。

 え? 物語解析って10年ぐらい前に考えだしたものじゃないの?
 といわれると、まあそうなんですが、それってシナリオの作り方の話ですので、例えていえば自作PCの作り方みたいな世界なのです。

 もう少し正確に言えば、物語解析(静の物語解析)が市販のメーカーPCはどんな部品を組み合わせて作られているのか、まだ書いてない物語解析(動の物語解析)はそのPCをどう使いこなすか、の話をしているのです。

 そして、実の所、自作PCの作り方はあんまり書いて来なかった。
 なぜかというと、それを話し始めると、どういう自作PCを作るべきかの話に踏み込まなければならず、それを話しているのがこのhikaliのゲーム論だから、なのです。
 まとめると、

 静の物語解析   → 市販のPCはどう作られているか
 hikaliのゲーム論 → 自作PCの作り方(どういうPCであるべきか)
 動の物語解析   → PCをどう使いこなすか


 ゲーム論の世界はあまり有力な論述がなく、真っ先に挙がるであろうコスティキャンのゲーム論でさえ、何も語っていないに等しい内容に始終します。だからゲーム論って、基本的にはないに等しいですね、となるのです。誰もまともに語っていない空白地帯だから、 ゲーム論世界はこれだけ滅亡寸前だと思っています。
 危機的状況だなあと。
 つまりゲームとは何かがあまりにも語られて来なかったために、もしくはあまりにもへんてこなゲーム論が語られてきたために、ゲームの領土がなくなってしまいましたね、という状況になってしまったのです。
 そして小手先の、ゲームで使われてきたテクニックの話になってきたなあと。
 本質的な学問の話ではなく、受験テクニックの話になってきているのです。
(それがhikaliのゲーム論を書き始めた理由ですが)

 ですが、そこから一歩踏み込んで説明しようとすると、これまで書いてきたような内容になり、内容的には、結局この話はストーリーの否定から話し始めて、物語を中心に、ストーリーvsゲームの話になりました。
 ここから踏み込むのがわたしの来歴的には語りやすいからです。
 わたしが考え始めたのは、プレイヤーの行動を保証するには、ストーリーを否定しなければならない。ストーリーがあってはならない、というところから考え始めたからです。その論がどこまで行くかを見たい気がしますが、案外筋はいい気がします。
 それで、ストーリー=支配、ゲーム=統治で、ゲームの優位性をとうとうと説くことになってきたわけですが、ここで困るのです。

 どうしてもここで、「PCが世の中に与える影響」について考えなくてはならなくなったのです。つまり現実に近い話で言えば、SNSの作り方ではなく、SNSが世の中に与える影響について考えなくてはならなくなったのです。
 そして、ストーリーvsゲームの考え方はどうも再考の余地がありそうで、しかも掘ればものすごく豊穣な総額300兆円ぐらいの鉱脈が眠ってそう、と思うに至ったのです。
(注:これは世界最大の油田がここにあるかも、という状況の比喩です)
 ひとことで言えば、300兆円市場を、どうも見つけたんけれども、ここに入ってくる人が全くいない。なんなんだろうなあ。というのを経済学に当てはめてみれば、なんとなくわかるかも知れません。
 生産性を圧倒的に向上させる話をしていることに、気づいてびっくりするのです。
 最大公約数を最小公倍数にする方法論を説いているからです。

 それをみすみす逃すのは、さすがに心もとない。
 もちろん、わたしはお宝が大好きな、遺跡ハンターです。
 ですので、ちょっと回り道をして、そのあたりを考えてみましょう。


 ■ストーリー=建築物の設計図 ストーリーの信者=設計図通りに作る大工

 ストーリーは支配的であり、参加者全員の生産性を奪って、最大公約数に近づくからできるだけ避けなければならない。そしてゲームは統治的であり、参加者全員の生産性を引き出して、最小公倍数に近づくから、目指すべきである。
 というのがゲーム優位の根拠なのですが、この話って、たぶん誰もしたことがない話のはずなのです。一切、ここまでこれた人はいない、これは確信します。
 少なくともわたしは読んだことがない。
 コスティキャンを読めばいかに馬鹿馬鹿しいものを読んでいるかがわかるかと思います。

 しかし、これはすぐに察知できる人もあるかと思いますが、この考え方は思いっきり宗教、といいますか、キリスト教を否定します。
 それらが、ストーリーを信じることにより、また教義を守ることにより、信者を導くからです。
 一見するまでもなく間違いなく、がちで、ぶつかっています。
 少なくともそう見えます。
 ゲーム論って、宗教否定論? と言われると大変困るのですが、さいわいにも『ふしぎなキリスト教』という本を読み、理解した現在では、ちょw とのけ反ってしまうようなまさに「ふしぎな」理由によりキリスト教はストーリーによる支配を回避できちゃっており、あー、そうか、衝突してませんね、となるのですが、これが議論をさらに難しくします。
 必死に、そのへんを調べていたのです。
 このへんが非常に複雑なのです。
 この立ち位置が難しすぎて、困るのです。

 ひとことで言えば、基本的にはストーリーは意味がありません。
 それは支配です。生産性をうみまんせん。
 これが基本です。
 ですが例外があるのです。
 『ふしぎなキリスト教』を読めば、その悩みの深さがわかると思います。

 この話は、結構高度なので、後にすることにしまして、難しい状況だなあw と思いつつも、その難しい状況をほぐしていきましょう。もうちょっと簡単なところからそのゲームとストーリーと物語の話の最新型を探求しましょう。
 まずは、その、

 一見するまでもなく間違いなくがちでぶつかっている

 ように見える部分の説明をしましょう。

 まずは表題の通り、建築家と大工の関係を考えてみるとわかりやすいと思います。
 キリスト教の話は、実はこの関係にはなかったという結論になるので、忘れてください。
 ストーリーによる支配がなぜまずいのか、宗教がそこにはまってしまうとなんでまずいのか、という話です。

 建築家は設計図面を引きます。そして細かなところまで、素材やら、光の加減やら、過ごしやすさやら、その建築物に関わるあらゆることを決めます。そしてそれを大工にわたします。
 大工の仕事はなんでしょうか?
 それは建築家が設計したとおりに、寸分違わず作ることです。
 ここで重要なのは、建築中に大工が何か創造的な思いつきをしても、正しいのは建築家が設計したとおりに作ることなのです。
 つまり、どんなに大工が創造的でも、建築家が図面を引いてしまった瞬間、そこでもう、創造性を加えることができなくなるのです。図面に支配されています。
 別にわたしは建築家を非難しているわけではないのです。
 なぜなら、建築物といっても、せいぜい建築期間は数年だろうし、建築家が大工と相談してもいいだろうし、なんなら大工は勉強して建築家になってもいい。つまり、次があるし、建築家と大工の関係は、変動しうるのです。
 ですが大工の仕事は、創造性を発揮することなく、歯車のように、図面通りの建物を建てることです。創造性は一切否定されるのです。

 それが1500年前に書かれた教典だったらどうでしょうか。
 わたしは1500年前に設計された設計図を書く作業に参加できるとは思えませんし(みなさんも参加できなかったと信じますが)、次があるとも思えませんし、建築家になることは許されていませんし、第一、1500年前の設計図は妥当なのかを検討することも許されていませんし、書き換えることができません。
 わたしはいくら創造性を発揮しようとしても、それが禁じられているのです。
 1500年前に書かれた設計図は正しい、で終わるのです。
 この1500年の期間に生まれて死んだ全ての信者の創造性を全否定するのです。

 これは大工のように、歯車になれといっているのと等しい。
 別に設計図通りに作れるのならば、それはロボットでもいい、という話になるのです。
 これは創造性を否定しています。そして、建築家以外の創作性を、拒否しているのです。この地点を見て、これは非生産的であると断言している部分は、納得できるでしょうか。
 ストーリーは、参加者に対して否定的で、その創造性を全否定するのです。
 これは非生産的です。
 そして支配するのです。


 ■なんで、キリスト教はそうならなかったのか

 キリスト教がそうじゃないのが、微妙に複雑で大変なのです。
 『ふしぎなキリスト教』を読んでいただくのが一番早い気がします。
 まずそれを提案します。

 その上で、とりあえず説明して欲しいと言われれば、わたしはこの言葉を引用します。

 キリスト教というのは、ボールが存在しているはずのない真空の場所で思いっきり素振りをしたら、どういうわけか真空の中から飛び出してきたボールに当たって、そのままスタンドインのホームランになってしまった、というような仕方で影響を残していると思うことがあります。
 『ふしぎなキリスト教』 P289

 これは、ふしぎな影響の与え方であるというのは頷いてもらえると思うのですが、わたしが想起したのは、わたしが経験した幾つかのことでした。

 わたしは以前、映画の予告編を見て、どういう物語になりそうかを空想して物語を作ってみるという遊びをしているという話をしました。実際にエアフォース・ワンの予告編を見ただけで、その物語の改造をしている光景をお見せしました。

 同じような遊びの中から、物語が生まれるという体験をわたしは何度もしています。
 例えば、ミミックというあんまり大したことがない映画があるのですが、ここで生まれた発想は実際にPBMでシナリオにしました。
 このミミックという映画は本当にどうでもいい映画なので、あまり語りたくないのですが、ひとことで言えば、グロテスクなモンスター映画です。
 害虫が媒介する病気で子供が疾患におちいった。そこで、その害虫を駆除する目的でその害虫の遺伝子操作をした女性科学者がいたのだが、その遺伝子操作が化物を産んでしまう。短命な害虫のサイクルの中ではあっという間に進化が進んでしまい、その化け物は人の姿をして人間を襲うミミックになってしまう、こういう話です。
 わたしはこの予告編を見ていて、はじめは馬鹿にしていたのですが、あるとき、そのミミックが叫ぶ声が聞こえてしまったのです。

 「お母さん!」

 ああ、人間になりたいんだ!
 なんてすごい映画なんだ! いますぐ見に行こう!

 もちろん、これが玉砕気味に打ち砕かれたことは、想像しやすいでしょう。
 でも、わたしは、わたしの妄想はシナリオ的には使えると、シナリオにしました。
 これなんです!
 これがキリスト教に起こったことなのです。

 ミステリアスで、不完全な物語は、それに欠陥があるために、大量の修繕者を呼んでしまうのです。
 欠陥こそが呼び水なのです。
 明らかにおかしいのだけれども、そこを埋めようとする人が現れるのです。
 これは、ひとつの別の類型なので、あんまりタッチしたくないのですが、不完全なストーリ-から何故か生まれる、ふしぎな形態です。
 愕然として、そういう形態があるのかと思うのです。


 ■不完全から生まれる物語

 実はこの類型というのは、わたしの経験をたどってみただけでも、かなりの数に及びます。
 深くは触れないで、類型を紹介するに留まりたいのですが、説明できる範囲では、ガンダム、エヴァンゲリオンと、結構コア層がいる作品に集中していることに気が付きます。これが、ジブリ、ハリウッドではない部分に注目してください。

 ここは豊かな時間です。
 なんで、ジブリ、ハリウッドはこういう発展の仕方をしないのだろう?
 不完全ではないからです。

 ここは恐ろしく重要な地点です。
 ガンダムや、エヴァは、キリスト教と全く同じ道を進んでいるのだれども、こういう展開はどうして起こるのだろう?
 そして、これはわたしの研究範囲ではないと、冷たく切り離します。
 興味が無いわけではなく、手に負えなさそうだからです。
 ここに鉱脈があることは確かです。
 でも、それよりも、ゲームのほうをはっきりと掘っていきたい。

 今回は脇道にそれましたが、あの辺掘ったら楽しそうだなと、未練タラタラで横目で見つつ、ストイックにゲームの話をして行きましょう。

 活躍とはなにかの話、できたらいいなあw

 続きます。

 PS.

 全く進まなくて、こまった・・・。5ミリも動いてないぞと思いつつ、大量の廃棄テキストとか・・・。主筆には悩まないでほしい。と書きつつも、主筆は悩みまくっているんだなあと。
 ここが聞きたいという話があれば、喜んで、本編無視でお話するので、ぜひぜひぜひ。
 ん・・・、どうやれば説明つくのかがよくわからん・・・。
 ご要望もくださいませ。

 よくわかってないんですよね。



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