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                           号外号   2001/09/24 
   「 物 語 解 析 」 
    〜 「千と千尋の神隠し」解析 〜 

  - - - -< 今号の目次 > - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 
 《 本文 》                          《ページ& 
                                 落書き欄》 
                                 (^_^; 

   01:はじめに                       :[ 01 ] 

   02:千と千尋の神隠しのコンセプトのお話          :[ 02 ] 
    02-01:「この物語のコンセプトって?」          :[ 02-01 ] 
    02-02:「透明な千尋」                  :[ 02-02 ] 
    02-03:「極彩色の個性持つ世界」             :[ 02-03 ] 
    02-04:「コンセプトのまとめ」              :[ 02-04 ] 

   03:人物のお話                      :[ 03 ] 
    03-01:「ハク(琥珀)周りの人間関係」          :[ 03-01 ] 
    03-02:「湯婆婆周りの人間関係」             :[ 03-02 ] 
    03-03:「顔なし」                    :[ 03-03 ] 

   04:おわりに                       :[ 04 ] 

 ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■ http://www.seikou-toutei.com/nmk/index.html ■


 ● 01 ● はじめに                      :[ 01 ] 
  ̄ ̄ ̄ ̄ 
  こんばんわ! 物語解析のhikaliです。 
  千と千尋の神隠しの解析の配信ご希望を頂き、本当にありがとう 
 ございました! うへ〜、こんなに多くの方々に配信するのは、大 
 変だなぁと思えるほどの方がたより、ご希望と楽しいメッセージを 
 頂き、嬉しい悲鳴を上げております(^^; こんなに長い解説文を 
 誰が読むのだろう??? と思えるほど長いものですが、最後まで 
 お読みいただければ、これに勝る幸せはありません。 

  それと、メッセージを下さった方々、本当にありがとうございま 
 した。わくわくと楽しく読ませていただきました。お返事は、追っ 
 てさせていただきます。それよりもなによりも、この千と千尋の神 
 隠しをより多くの方々が楽しんで頂けますように。 

 ● 02 ●  千と千尋の神隠しのコンセプトのお話         :[ 02 ] 
  ̄ ̄ ̄ ̄ 
  千と千尋の神隠しの解析を始めたいと思います。 
  この物語解析号外は、映画を観た方が読んでいるという前提で書 
 かれています。ですので、ご覧になっていない方がこの解析を読ん 
 でもさっぱり分からないと思いますし、また、詳細な部分まで徹底 
 的に解析をしていますので、映画をみる楽しみが減ってしまうと思 
 います。ですから、解析をお読みになる前に映画をご覧になって下 
 さい。映画をご覧になった方がこの解析を読むと、きっともう一度 
 ご覧になりたいと思われるはずです(^_^)この素晴らしい映画を 
 色々な方々がご覧になられますように。 
  それでは始めましょう! 


 ○ 02 ○ この物語のコンセプトって?  ○ 01 ○        :[ 02-02 ] 

  この物語のコンセプトは、 
  「何の変哲もない、ドジで、トロく、可愛げがなく、ひょろっと 
 した女の子が、不思議な世界に迷い込んで、一生懸命頑張るうちに 
 認められて、元の世界に戻っていく」 
  という部分です。 
  このコンセプトの狙いは、 
  「観客に感情移入をしてもらい、まるで自分の物語のように感じ 
 てもらう」 
  というただ一点に集中しています。千と千尋の神隠しは恐ろしい 
 ほど、このただ一点に集約し、物語の全てを組み上げ、プロフェッ 
 ショナルに相応しい完成された物語に昇華させています。 
  そのお話をして行きましょう。 

  このコンセプトは二つの手法を重要な核としています。 

 ○ 02 ○ 透明な千尋 ○ 02 ○                  :[ 02-02 ] 

  第一に、主人公は特別な設定を持っていないこと。これは、千と 
 千尋の神隠しの冒頭を見れば分かるように、不思議の世界へ行くま 
 でに、ほとんど千尋のこれまでを物語るシーンがないことからもう 
 なずけると思います。冒頭で分かるのは、 
  最近引っ越しをした事、 
  都会から田舎へ来たこと、 
  初めてもらった花束が別れの花束であったこと、 
  その花束にカードが入っていたこと、 
  ぐらいでしょうか。他にも、「お父さん、お母さんがいること」 
 「一人っ子であること」が分かりますが、これは何の変哲もないこ 
 とですし、一人っ子であるのは、兄弟を作ってしまい千尋に無意味 
 な関係線を引かないためです。 
  こうやって見てみると、ほとんど物語は千尋の事を語っていない 
 事が分かります。 
  また、物語中でも千尋は強い性格、もっと感覚的に言えば、なん 
 の色彩も持っていないことが分かるかと思います。千尋の色、とい 
 うと油屋で着ていた赤い着物の色を思うかベるかも知れません。で 
 すが、これは、千尋が女の子であるため赤であるだけであり、もし 
 それがなかったら、とても中性的なイメージを持っていたに違いあ 
 りません(これを回避するために、作品中でかなり涙ぐましい努力 
 をしていますよ。探してみると面白いかも知れません ^^;)。 
  つまり、千尋は無色に近い、なんの特徴もない女の子なのです。 
  もっと積極的に言えば、意図的に千尋の色彩は消されています。 
  何故でしょうか? 
  この物語は「感情移入」に重きをおく物語なのです。 
  なるべく物語と観客を近い位置に置き、「あ、私と同じだ」とい 
 う共感をえる事を最重要課題としています。そのためには、千尋と 
 観客の異差を極力出さないように、私もこんな世界に行ったのかも 
 知れない、行くのかも知れないという幻想を抱かせる事が大切です。 
 意識的にそのような事を思わなくても、無意識的にそう思えば、観 
 客は「なんだかよく分からないけど感動した」という気持ちを抱き 
 ます。 
  ですがこの手法に大敵があります。これが千尋が独特の設定持って 
 しまうことなのです。例えば、千尋が母子家庭だったとしましょう。 
 母子家庭でない観客は深い共感が出来ません。この子はこんなに大 
 変なんだな、が関の山なのです。持病を持っていましょう。これも 
 物語のコンセプトを崩壊させてしまいます。他人の話になってしま 
 うのです。千と千尋の神隠しは、大胆にも何千万人もの人に自分の 
 話だと思ってもらいたいのです。 
  分かるでしょうか。この物語にあってはならないのは、千尋の個 
 性なのです。 

  そのために、個性を消しています。唯一、千尋独特の設定として、 
 「昔、川でおぼれた事がある」との設定があるのですが、この隠し 
 方を見ると、とても苦心して個性を消している事が分かります。ほ 
 とんどの観客は川でおぼれた事がないのです。これでは、共感を得 
 ることは出来なくなってしまいます。そのため、幾重もの厳重な手 
 段を講じています。 
  例えば、この事件を千尋は覚えていません。お母さんに聞いたこ 
 とがあるとしています。なるべく間接的にして、観客自身も「もし 
 かしたら私も話を聞いていないだけかも」と苦しいですが思えるよ 
 うにしています。また、その設定が出てくるのは物語の最後の方で 
 す。この時点で、観客は充分に共感していますので、少しなら危う 
 い物を出しても何とかなってしまうのです。 
  この、「川でおぼれた事がある」という事はこの物語の核心であ 
 り、二重三重に複雑な隠蔽手段を物語中で講じている重要な事柄で 
 すので、また後述したいと思うのですが、何となく分かるのではな 
 いでしょうか。 
  これまでの映画にも個性を消した主人公は多々存在しますが、そ 
 れを徹底して行っているのが、この千と千尋の神隠しなのです。 

 ○ 02 ○ 極彩色の個性持つ世界 ○ 03 ○            :[ 02-03 ] 

  第二に、千尋の行く不思議の世界を、不思議だけどどこかで見た 
 ことがある世界にするという手法です。油屋というお風呂屋が主な 
 世界ですが、そこで登場する人物は、どこかで見たことがある人間 
 くさい匂いを漂わせています。また、その組織も、反応も、仕事も、 
 「ああ、そうかやっぱり汚れ仕事かぁ」なんて思えてしまうように、 
 とても現実臭い物です。八百八の神様が訪れるお風呂屋にしては、 
 お金勘定をしたり、お客様が神様だったり(しゃれではないですよ ^^;)、 
 床が汚れるのを気にしていたりととても庶民的です。現実世界のメ 
 タファーと言いますか、モデルがあちこちに見つかりそうな舞台設 
 定です。 

  この手法は、千尋の活躍といいますか行動に共感を感じさせるた 
 めのものです。またか、なんて思うかも知れませんが、最初に言い 
 ました通り、この物語は首尾一貫してその部分に集約している物語 
 なのです。 
  千尋の活躍が、現実に近いような物になるためには、その世界で 
 ふれあう人々、仕事、組織といったものが、現実に近くなければな 
 りません。その中で、頑張る千尋の姿は普段そういった物を見慣れ 
 ている私たち観客にとっても、とても共感ができる事なのです。 
  湯婆婆や、顔なしや、釜爺(なんて分かりやすい名前(笑)!)、 
 煤(石炭を運んでいる小さな生き物)、カエル(名前を忘れまし 
 た……)、番頭(顔なしにお大臣さまとかいう人)、赤ん坊、千尋 
 の相棒(これも名前を……)、湯婆婆の姉(名前を……)は誰かを 
 モデルにしているのではと思えてしまうほど、現実臭い行動をしま 
 す。 
  これはひとえに千尋の活躍に共感してもらうための手段であり、 
 透明な千尋と対照的に独特の個性を持っています。 

 ○ 02 ○ コンセプトのまとめ ○ 04 ○             :[ 02-04 ] 

  さて、こうやって分析をしてみると、千尋と不思議な世界があま 
 りにも対照的なのが分かると思います。お気づきでしょうか。そう、 
 ここに法則があるような気がしませんか。千と千尋の神隠しの興行 
 的成功より導き出されるのは、 
  「感情移入をさせる物語を成功させる必要条件は、主人公に色彩 
 を与えず、溶け込む世界に極彩色で現実臭すぎる個性を与えること」 
  という事ではないでしょうか(^_^) 
  勿論、どちらも徹底して、完全に。 
  そう言ってしまうと、これはプロの仕事だなあ、なんて思ってし 
 まいはするのですが。 


 ● 03 ● 人物のお話                     :[ 03 ] 
  ̄ ̄ ̄ ̄ 
 ○ 03 ○ ハク(琥珀)周りの人間関係 ○ 01 ○         :[ 03-01 ] 

  さて、こうやってお話をしてくると、どうしても分からない事が 
 出てくると思います。そう、あなたの意識に引っかかっているのは、 
 白龍のハク(琥珀)ではありませんか? この人物、神様みたいに 
 とても人間離れした性格をしています。最後には千尋のボーイフレ 
 ンドの座を占めることになるのですが、何故この人物なのでしょう。 
  不思議ですよね。 

  この人物の周りを考えてみると、幾つかの物語を左右する強い人 
 間関係線があることが分かります。湯婆婆、釜爺、千尋、湯婆婆の 
 姉がこの最先鋒ですが、この顔ぶれを見るだけでも、とても強い人 
 間関係だと感じるかと思います。 

  この中で、最も重要な関係は湯婆婆──ハクの関係です。続いて 
 ハク──千尋、それから随分重要性が下がって湯婆婆の姉、釜爺の 
 順になります。お気づきですよね。分からなければ、千尋の関係線 
 も考えてみましょう。千尋──湯婆婆の姉、千尋──釜爺、分かり 
 ますか? 千尋が触れる重要人物が、ハクを経由しているのです。 
  つまり、 
  湯婆婆──ハク──千尋、湯婆婆の姉──ハク──千尋 
  となっているのです。 
  ハクが千尋周りの人間関係の重要幹線であることが分かるでしょ 
 うか。 
  ハクには物語を構築する重要な役割があるのです。 
  具体的にこの役割がなんだか分かりますか? 

 ○ ハクとリルルは全く同じ役割 

  これに似た物語を、以前、物語解析で解析したことがありました。 
 第七回でお話しした「のび太と鉄人兵団」なのですが、ここに出て 
 来るリルルの人間関係に似ています。ハクク──千尋の関係線とリ 
 ルル──のび太の関係は特にそうお感じになるのではと思います。 
 ドジで、トロく、可愛げがなく、ひょろっとした千尋と、ドジで、 
 トロく、勉強が出来ず、体を動かす事もあんまりなのび太はとても 
 よく似ている事は分かると思います。ハクとリルルを対比してみて 
 も、不思議な力があり、行動力があり、主人公に親切で、物語の親 
 玉的な人物に従属しているとなると、これも似ています。ただ、 
 「のび太と鉄人兵団」が日常世界へ非日常が入り込む形である事に 
 対して、「千と千尋の神隠し」非日常世界へ日常が入り込む方であ 
 るため、若干役割が違っているのですが、ここに共通性があること 
 は間違えがないようです。 

  では、このリルル・ハクに共通する役割は何でしょうか。 
  さらりと結論を言えば、これは「物語に動きを与える役割」です。 
  ちょっと概念的かも知れませんので、もっと具体的に言いますと、 
 「次元震を起こしてしまう」「湯婆婆の姉から判子を盗む」「千尋 
 を乗せて空を飛ぶ」「鏡面世界に基地を作る」「のび太を撃つ」 
 「怪我をして千尋に助けてもらう」というのがそれに当たります。 
 エンターテイメントですから、激しい動きがある、大きな声で叫ぶ、 
 死んでしまいそうになる、何かを壊す、格好いい、可愛い、悪いこ 
 とが起こるといったシーンがなければ、面白いと言ってもらえる可 
 能性はかなり低いものになってしまいます。この二作品は子供が見 
 ることを前提にしていますのでありませんが、「色っぽいシーン」 
 もどうしても、エンターテイメントには必要になってしまうシーン 
 の一つです。 
  こういったシーンを実現するためにハクとリルルは適切な人物で 
 す。例えばハクが龍ではなく、亀であったらどうでしょうか。激し 
 い動きが出来ませんし、大きな声で叫べなそうだし、死んでしまい 
 そうもないし、格好悪いですし、悪いことが起こりそうにもありま 
 せん。逆に、ハクが龍であることによって、千尋を乗せて空を飛べ 
 ますし、血だらけに傷つきましますし、吠えることが出来ますし、 
 派手に油屋の一室を壊しましたし、格好いいですし、愚かなのだそ 
 うですので悪いこともします。 

  つまり、リルルとハクは、主人公と強い関係線を持っていながら、 
 観客が面白いと思う事をする事ができるのです。その結果、主人公 
 は「面白いこと」に巻き込まれる事ができます。その力を存分に果 
 たすために、「不思議な力」「行動力」「物語の親玉的人物に従属」 
 「主人公に親切」という設定を持っているのです。 

 ○ なぜ、ハクは龍になったの? 

  確かに、ハクが龍であることのメリットはお分かりになったかと 
 思います。 
  ですが、もっとターゲットを絞って、「何故、龍なの? 単純に 
 悪魔でもいいんじゃないかな?」という疑問が浮かび上がるかも知 
 れません。ですが、これも、龍でなければいけない理由があります。 
 この千と千尋の神隠しは精密機械を見るように、緻密な、どの部品 
 が欠けても壊れてしまいそうな物語なのです(^^; 

  お話が少し前に戻ります。どこまで戻るかといいますと「千尋が 
 川でおぼれる」の部分までです。忘れてしまうぐらい前ですよね。 
 やっとここが繋がってきます。 

  さて、以前に「川でおぼれる」という設定は、千尋に個性を与え 
 てしまうので、物語のコンセプトを崩壊させてしまう危険性がある 
 もの、というお話をしました。では、こんな疑問をお感じになりま 
 せんでしたでしょうか。 
  「何で、そんな危険な事をしたのだろう?」 
  リスクがあります。ですが、それ以上の、強いメリットがあるの 
 です。 
  そうです。この設定があるからことによって、千尋──ハクの強 
 い関係線が保証されているのです。正反対から考えましょう。千尋 
 とハクに強い関係線を引くには、どうしたらいいのでしょうか。 
 ちょっと考えて見ましょう。これは難題ですよ。なんと言っても、 
 「千尋に個性を持たせない」事を守り通さなければならないのです 
 から(^^; 

 例えばSFなどによくある、実はご先祖様(お父さんとかもありま 
 すが)という設定……、使えないことが分かります。物語のコンセ 
 プトが崩壊します。 
  一目惚れ……、これも駄目です。強い感情は厳禁です。 
  敵対している……、問題外です。 
  主従関係にある……、なにかよくない方向に行ってますね(^^; 
  と並べて見ると、一つだけこれなら、という設定がある事に気付 
 くかと思います。つまり、 
  「命を救われた」 
  なのです。それも、千尋の人生に大きな影響を与える「命を救わ 
 れた」であってはなりません。そして、どこでも起こりそうで、出 
 来れば、八百八の神様が出てくる世界が舞台ですので、神様に関係 
 がありそうな、「命を救われた」がいいのです。できれば、千尋が 
 覚えていない、誰かが助けてくれたなどと思わない救われ方がいい。 

  「川でおぼれる」がいかにこの条件に適しているかが分かるかと 
 思います。幸いにも、川の神様は昔から龍です。エンターテイメン 
 ト性も抜群です。 
  やっとハクの誕生を、想像ではありますが再現する事ができました。 
  なぜ、ハクはハクなの? にお答え出来たのではないでしょうか(^_^; 

 ○ 名のある川の神様が出てきた理由 

  さて、このハク繋がりでもう一人の人物が生まれた理由が分かり 
 ます。 
  作品の中盤で登場した名のある川の神様です。お分かりかと思い 
 ますが、これは、川の神様は龍であるという事を知らせるための伏 
 線です。以上です(^^; 

  ……と、言ってしまうと素っ気ないのですが、この千と千尋の神 
 隠しはそれを上手く利用しています。宮崎アニメが物語的に特に優 
 れており、強さを感じる部分は、この「一つの必要な設定を、まる 
 でそれが存在するのが当然のように自然に扱い、かつ二重にも三重 
 にも徹底的に利用する」部分だと思うのですが、この名のある川の 
 神様はその好例だと思います。 

  この名のある川の神様は、ハクと川の神様と龍を繋げることを自 
 然に感じさせるために必要でした。少々大胆に言えば、この設定は 
 難しい設定なのです。ハクと龍と川の神様は一般的には突飛な発想 
 なのです。ですから、せめてこの三つのうちの二つを、印象つける 
 必要がありました。龍の姿のハクが川の神様である事を明かしたと 
 き、「何で、龍は川の神様なの?」と疑問を抱かれてしまっては台 
 無しです。ナレーションで「古来より龍は川の神様だった」とでも、 
 解説をいれましょうか。無理ですよね(^^; そこで、この人物を 
 登場させることにより川の神様と龍を結びつけているのです。 
  とても慎重で、鋭い切れ味を感じる手法を使っています。あなた 
 は、名のある川の神様が登場したとき、それとハクを結びつけるこ 
 とができましたか? 

  では、千と千尋の神隠しでは、どのようにして、「一つの必要な 
 設定を、まるでそれが存在するのが当然のように自然に扱い、かつ 
 二重にも三重にも徹底的に利用した」のでしょうか。 

  まず、当然ではありますが「一つの必要な設定」を満たす必要が 
 あります。「川の神様と龍を結びつける」のがその設定の役割です。 
 そのために、印象強く観客に訴えかけなければなりませんし、千尋 
 に絡まなければなりません。ハクが川の神様であることを明かした 
 際まで、覚えていて貰わなければならないのです。 
  なかなか、必要になることが多いですね(^^; 難題、難題、難 
 題の山ですよね。完成度の高い物語を作る際、いかに精密に物語を 
 設計しなければならないかが分かるのではないでしょうか。 

 さて、千と千尋の神隠しでは、二つの効果的な手を打っています。 
 この二つともが二重三重の効果を物語にもたらしています。 
  第一に、千尋の大きな転機をこの名のある神様と接する事によって 
 与えること。 
  第二に、この際に、後々に大活躍する道具を千尋に与えること。 
  第一が千尋が油屋で認められるきっかけであり、第二がハクと顔 
 なしを救ったしぶ団子(映画を見ていた限りではそう聞こえたので 
 すが…… ^^;)です。 

 ○ 名のある川の神様のシーンの役割 

  千尋が認められていくシーンは、 

   一番汚いお客を掃除する仕事 → 忌み神らしき物が現れる 
 → 千尋が担当になる → 千尋が頑張る 
 → 千尋が忌み神と思われていた神様にトゲが刺さっている事を発見する 
 → みんなでそれを引き抜く → 名のある川の神様と分かる 
 → 千尋がしぶ団子をもらう 

  の順で進みます。この進み方を改めて見てみると、とても素直な 
 流れだとお感じになりませんでしょうか。飛躍が少なく、良くでき 
 た物語の承のように徐々に盛り上がって行きます。 

   風呂掃除 → 忌み神のお世話 → トゲを抜く 
 → 実は川の神様でしぶ団子をもらう 

  という短い時間での千尋の出世のようすが実現しています。この 
 シーンは、「龍は川の神様」を印象づけるためにあるのですよ。上 
 手く物語に埋め込んでいますよね。 

 ○ しぶ団子の役割 

  しぶ団子はもっと切れ味が鋭くなっています。気付くとゾクゾク 
 するのですが、このしぶ団子が登場し、誰かを助けるたびに(共感 
 できる主人公が活躍するたびに)千尋はこう言います。「川の神様 
 にもらったお団子を……」千尋がなんの不自然さもなく、川の神様 
 を思い出させてくれるのです。さらにゾッとする事に、千尋はハク 
 にそれを飲ませる際に、団子を二つに割ります。二回に渡って千尋 
 は、「川の神様は龍」を思い出させて(しかも印象が強いシーンで) 
 くれてしまうのです。 

 ○ まとめ 

  さて、物語の展開を決して無駄に使わない上手さが分かったかと 
 思います。まだまだ、このシーンには細かいテクニックがあります 
 が、他の人物についてもお話をしたいですので、この辺で止めてお 
 くことにします。 
  千と千尋の神隠しのように、プロフェッショナルに徹した無駄の 
 ない物語は、比較的「何故?」の答えを発見しやすいと思います。 
 有益な事しかしないのです。「何故?」を考えて見ると面白いもの 
 です。きっといい発見に出会うことが出来ますよ! 


 ○ 03 ○ 湯婆婆周りの人間関係 ○ 02 ○            :[ 03-02 ] 

  まだまだ話足りないのですが、ハク周りはもういいでしょう(^^; 
 などと言いながらも、ハクと関係の深い湯婆婆周りを今度は考えて 
 みることにしましょう。湯婆婆周りの秘密を解く鍵は 

  「物語の親玉をどう作り上げるか、そして、どうやって強くなり 
 すぎた親玉に対抗するか」 

 です。もう、何となく答えが見えてきてしまいましたか? そう言 
 われてしまわないうちに、解説を始めることにします。 

  湯婆婆は、物語の親玉的人物であるため、その関係線は多くの重 
 要人物へと引かれ、そしてそのほとんどが支配的なものです。物語 
 の主な舞台となる油屋のオーナーですから当然と言えば当然なので 
 すが、羅列してみると、いかにこの人物が強い立場にあるか分かる 
 と思います。湯婆婆──ハク、湯婆婆──千尋、湯婆婆──番頭、 
 湯婆婆──釜爺と印象の強い人物への関係線を一つ一つ考えてみる 
 と、いかにこの湯婆婆が物語を支配しているかが分かるかと思いま 
 す。 
  非常に強い力を持つ「物語の親玉」を作るとき、このように物語 
 に強い影響を与える人物への支配的な関係線をたくさん持っている 
 事が、上手くゆく近道です。第七回の解説でちらりとお話した、 
 「誰々経由の関係線」を思い出すとよく分かるかと思うのですが、 
 湯婆婆は千尋に対して強い二経路の関係線を持っています。つまり、 
 湯婆婆──千尋の支配的な関係線と、湯婆婆──ハク──千尋のさ 
 らに支配的な関係線です。湯婆婆は千尋に対して、二つもの支配的 
 な関係線を持っているのです。 

 ○ 支配的な関係腺を崩す方法 

  しかし、このように支配的な関係線ばかりを持っていると、どう 
 しても湯婆婆が支配的な人物になりすぎてしまいます。物語が湯婆 
 婆中心に動くことになってしまい、他の自発的行動を許さないため、 
 物語が停滞してしまいます。もちろん、そんな事になってしまって 
 は、物語は失敗に終わりますので、別の種類の関係線を引きます。 
 千と千尋の神隠しでも、この基本的な方法論が採られています。二 
 つは誰もが使う方法論で、もう一つ、「へえ、こんな方法もあるん 
 だ」と思える方法論があります。なんだか分かりますか? 

  まず真っ先に思いつくのが、弱点を作るという事ではないでしょう 
 か。千と千尋の神隠しでは、湯婆婆に子供(孫?)を作り溺愛させ 
 ることによって、湯婆婆の支配的な人間関係に風穴を空けています。 
 このルートが湯婆婆の唯一の被支配の関係線であることが分かるで 
 しょうか。千尋はこの子供に好意を抱かれることのよって、湯婆婆 
 に支配的とまでは言えなくとも、対等な関係に戻しますし、もっと 
 攻撃的なハクは「あなたは大切な物を失ってもまだ気付かないので 
 すか?」と問いただすことによって反撃をしています。あまりの親 
 ばかぶりを描いてユーモラスに見えますが、本質的にはこの部分は 
 とても強い対決の場面なのです。例えば、ダースベイダーとルーク 
 スカイウォーカーのような(^_^; 

  さて、この弱点のルートを作る事が支配的な関係線網に対するク 
 サビだとしたら、もう一つの分かりやすい方法は、対等の力を持つ 
 人物を外に置き、この人物に干渉をさせる方法です。つまり、これ 
 が湯婆婆の姉なのです。ハクに湯婆婆の支配より抜けるきっかけを 
 与えるのはこの姉ですし、湯婆婆の子供をネズミにしてしまい、千 
 尋と一緒に湯婆婆の元へつれて行くきっかけを作るのも、この姉で 
 す。ここまでは分かりやすいと思います。 
  ですが、もう少し面白い事がこの湯婆婆の姉の登場の仕方とその 
 態度から発見することができます。湯婆婆の姉は、物語に能動的に 
 関わろうとはしていません。姉が出てきた理由はハクがはんこを盗 
 んだからですし、湯婆婆の子供と使い魔(?)を魔法で動物に変え 
 てしまったのは、物語的に波乱が欲しかったからです。もし、湯婆 
 婆の姉が怖くなく、優しい人物であれば、盛り上がりを期待できな 
 いクライマックスとなってしまうでしょう。ですが、本質的にはこ 
 の姉は物語的な歪みを修整する、物語の調整役です。 

  これまで見てきたような複雑な必要な構成に加え、物語の盛り上 
 げのために登場した人物(後にお話しする顔なしがその最たる例な 
 のですが)を、全て予定調和の一糸の乱れもない完全な物語を、映 
 画のような短さの中で作ることはなかなか難しく、そのような物語 
 構成の天才だったシェイクスピアの物語の中にも、本当に完全と言 
 える物語は数えるほどしかないのです。シェイクスピアの中にも、 
 この物語の後半で登場する調整役がしばしば登場します。例えば、 
 傑作の一つに挙げられる喜劇「十二夜」のヒロインの双子の兄がそ 
 の例に当たります。なんか、似ていますよね(^^; 「十二夜」は 
 女性が男性になりすまし、重要人物の女性に好かれてしまうという、 
 もうちょっと複雑で構造的に美しい物語ですので、「双子の兄」と 
 いう、「ん?」と思ってしまう役ですが、このようなちょっと無理 
 があるような気がしてしまう調整役の登場は、物語的には当たり前 
 の事です。 
  湯婆婆の姉は顔なしを引き受けます。歪みの一つを解消していま 
 すよね。 

 さて、では、何故、湯婆婆の姉は物語に積極的に関わろうとしない 
 のでしょうか。これは、一つの簡単な言葉で解説する事ができます。 
 つまり、「強すぎる人物は二人も要らない」という理由からです。 
 もし、湯婆婆と姉の対決の話となってしまったら、千尋はどこへ 
 行ってしまうのでしょうか。物語のコンセプトから完全に逸脱して 
 しまいます。ですから、物語を調整するという役割を、最小限に止 
 めているのです。 
  こんな法則が見つからないでしょうか。 
  「物語の調整役の能動的行動は最小限に止める」 
  この辺も、完成された物語だけを見ていると分からないのですが、 
 もしその約束を守らなかったらという事を考えてみると、物語が崩 
 壊してしまう様子を見ることが出来るのではないでしょうか。高度 
 な物語は本当に綱渡りで作られているのです(^_^) 

  なかなか複雑な人間関係をしている湯婆婆周りですが、もう一つ、 
 千と千尋の神隠しを面白くしている、ユニークな方法があります。 
 強すぎる湯婆婆をの力を削ぐような設定なのですが、これが一石で 
 二鳥も三鳥も捕れてしまっている方法なのです。 
  「お客様は神様です」「お客様に失礼だろう!」 
  といくつも台詞がありましたが、油屋のオーナーだけに、お金を 
 落としてくれるお客様に頭が上がらないのです(^_^) 油屋の外部 
 よりやってくる人物全てに頭が上がらないという、特質を湯婆婆は 
 持っています。分かりますか? この恐ろしげな支配的な人物は、 
 なんとも面白いことに「不特定多数の何だか分からない人物」の前 
 に立つと、サービスをする側になってしまうのです。お客様は八百 
 八の神様ですから、どのような性質を持った神様でもたいていは無 
 理なく登場させることが出来ます。湯婆婆は物語、もっとターゲット 
 を絞れば千尋周りの人物に大きな影響を与えています。ですから、 
 この湯婆婆の設定により、この千尋周りは「外部から何らかの神様 
 が来る」事によって大きく動くことが出来ます。これは、「こんな 
 方法があったんですね……」とびっくりしてしまうほど、物語に大 
 きな自由度を与える方法なのです。なかなかこれほど無理なく物語 
 を自在に組むことが出来るような設定はなかなかないものですよ(^^; 

 ○ 湯婆婆って何だろう? 

  さて、湯婆婆の人物関係線が分かり、なぜそうなっているのかが 
 分かると思います。ですが、これまでのお話は個々の関係線の効果 
 であり、根本的な湯婆婆像にまだまだ迫れていません。例えばこん 
 な疑問が浮かばないでしょうか。 

 「なぜ、強くしてから弱点を作ったの? そもそも、湯婆婆は何故 
 いるの?」 

  難しい問いですよね。物語を作った事がある人物であれば、 
 「えーと、やっぱり親玉は必要だから……」と答えてしまうのでは 
 ないでしょうか。ですが、こう考えてみると、とても大きな発見に 
 出会えるかも知れません。 

  「親玉を作ることは、経験則的に効果的だと分かっている。きっと、 
 多用されているからには、絶大な効果があるんだよな。でも、その 
 効果って一体なんなのだろう。それを最大限に活用するにはどうし 
 たらいいのだろう?」 

  というわけで、湯婆婆が千と千尋の神隠しに与えている効果を考 
 えて見ましょう。準備はいいですか? 

  まず、千と千尋の神隠しのコンセプトの確認からはじめましょう。 
  コンセプトは、 

 「何の変哲もない、ドジで、トロく、可愛げがなく、ひょろっとし 
 た女の子が、不思議な世界に迷い込んで、一生懸命頑張るうちに認 
 められて、元の世界に戻っていく」 

  でした。このうちで方法がはっきりしていないのが、「一生懸命 
 頑張るうちに認められて」と「元の世界に戻っていく」です。この 
 部分には暗黙のうちに「一生懸命頑張って認められなければ、元の 
 世界に戻れない」という事が含まれています。 
  では、千尋はどんなことを頑張って、どうやって元の世界に戻る 
 のでしょうか。真っ白の状態から考えて見て下さいね。そうでなけ 
 れば湯婆婆がいる効果が分かりません。 

  うーん、難しいですか? 難しいですよね。物語をはじめから作 
 るようなものですからね。では、舞台を決めてしまうことにしま 
 しょう。油屋です。八百八の神様が訪れるお風呂屋です。イメージ 
 が湧いてきましたか。お風呂屋で頑張る千尋の姿が見えてきたで 
 しょうか。 
  ですが、一転して「元の世界に戻る」の方は全くイメージが湧か 
 ないと思います。では、千尋はなぜ戻れないのでしょうか。答えは 
 お父さんとお母さんが豚にされてしまったからです。誰にでしょう。 
 お分かりですよね(^_^) ここに来てやっと、湯婆婆が登場する 
 のです。裏返して言えば、ここまで来ないと湯婆婆の存在が浮かん 
 で来ないのです。せいぜい意地悪な油屋のオーナー程度でしょうか。 

  これまでに両親を豚にして千尋を困らせる人物が必要になること 
 が分かりました。 
  では、その人物は千尋のすぐ近くに置くべきでしょうか、遠くに 
 置くべきでしょうか。千と千尋の物語は、千尋の近くに置くことに 
 しました。そうすれば、湯婆婆の露出が多くなり、湯婆婆という人 
 物の魅力・影響を存分に物語に生かすことが出来る、もしくはそう 
 する自信があるからです。なかなか難しいのですよ。主人公の目と 
 鼻の先に最終目的の人物がいるのですから。すぐにでも、何度でも 
 会えるので、物語が崩壊してしまわないように数多くの制限をつけ 
 る必要があるのです。 

  では、湯婆婆が両親を豚にしたと、千尋は知っているべきでしょう 
 か、知らないべきでしょうか。これも千と千尋の神隠しはあっさり 
 と答えをくれます。何の秘密でもないというように湯婆婆自身から 
 聞きます。知らない場合は、あたかも殺人事件の犯人探しになるの 
 ですが、子供も見るという事もありますし、物語の目的が早いうち 
 に分かった方がいいに決まっています。 

  だいぶ湯婆婆の骨格が見えてきましたね。つまり、千尋のすぐそ 
 ばにいて、あっさり湯婆婆はそれを語ってしまいます。とても千尋 
 の行動に自由度が与えられる設定です。もし、この人物が千尋の側 
 を飛び回っているハエで、それを退治してしまうことによって両親 
 が元に戻るなら、千尋に必要なのははえ叩きだけです。もしかする 
 と、はえ叩きすら必要ないかも知れません。映画が冒頭の十五分、 
 間の一分、終わりの二分で終わってしまいます。さすがに十八分の 
 映画は考えられないですよね。 

  さて、物語を崩壊させない為にも、この辺から制限を加えて行く 
 ことにしましょう。つまり、千尋が元の世界に帰り難くしてあげる 
 のです。 
  そのために千と千尋の神隠しでは、湯婆婆を、千尋が転がり込む 
 油屋の総元締めにしました。別に湯婆婆が総元締めである必要はな 
 かったのですよ。それを総元締めにしたのに何か理由があるので 
 しょうか。 
  実際の現場でそこまで考えてこの設定が生まれたとは思いがたい 
 のですが、この設定のメリットは千尋が転がり込む閉じた世界(次 
 号でお話をする消極的閉鎖なのですが ^^;)の中に、湯婆婆は強 
 い支配力を揮える事です。つまり、目標であった「千尋が元の世界 
 に帰り難くする」ことに成功しているのです。さらにその支配力は、 
 千尋の案内者であり、協力者であるハクにまで、というよりはハク 
 だからこそ強く働いています。これで、物語の最終目標が、「両親 
 を人間に戻してあげる」という具体的な方法が分かりにくいものか 
 ら「湯婆婆の支配力の中から脱する」、もっと分かりやすく言えば 
 「湯婆婆に打ち勝つ」というものに変換することが出来ました。 

  ここまで来れば、物語の大筋の流れを作る事が出来ます。 

   千尋が油屋に転がり込む → 認められるために頑張る 
 → みんなに認められる転機が来る 
 → 湯婆婆の支配力から逃れる方法を見つける 
 → 湯婆婆の支配から逃れる 

  こんな感じではないでしょうか。この千と千尋の神隠しは、この 
 五つの段階の中で、二番目と三番目を特に多くの時間を割いて物語 
 を作り上げています。きっと、「何かが起こること」よりも「その 
 中で頑張る千尋」こそを描きたかったのでしょう。千尋を見ている 
 と徐々に社会慣れしていく姿を見ることが出来ます。はじめは挨拶 
 も出来なかった千尋が、徐々に溶け込んで行きますよね。その後、 
 千尋は独自性を持ち、大きな冒険をして、ハクを助ける事が出来て、 
 両親も助けて帰っていきます。 
  この物語は何が言いたかったのでしょうか(^_^) きっと、何も 
 言いたいことはなかったのではないかと思うのです。千と千尋の神 
 隠しには結論がないのです。結論がない代わりに、過程が細部に 
 渡って細かく描かれています。こんな声が聞こえて来ませんか?  
 社会ってこんなところだよ。その中で、素直に一生懸命頑張れば、 
 みんなに認められるんだ。そんなに単純ではないなんて、私も言い 
 返してみたくなってしまいますが(^^; あの幸せな物語は、それで 
 も良かったと言わせるだけの魅力があったような気がしませんか? 
  

 ○ 03 ○ 顔なし ○ 03 ○                   :[ 03-03 ] 

  さて、千と千尋の神隠しで、ずば抜けて分かりにくいのが顔なし 
 ではないでしょうか。幾つかの煙幕がはられていて、なかなか悩ま 
 しいのですが(^^; 本質的にこの顔なしは物語にほとんど影響を 
 与えていません。唯一影響を与えるのは、川の神様の前に、千尋に 
 たくさんの札をくれるシーンなのですが、これはかなり偶然性の高 
 い行動だったりします。とても重要な、千尋の転機となる行動なの 
 ですが、別に顔なしが札を渡すという方法によらなくても、何らか 
 の解決法がありそうな事です。しかも、顔なしの影響はここだけで 
 す。これ以外に、千と千尋の神隠しの主要人物関係網に一切の影響 
 を与える事はないのです。 
  では、何故? 何で、顔なしを登場させたの? という疑問が浮 
 かんでくると思うのですが、はじめに言いました通り、この辺が悩 
 ましいのです(^^; 

  と、お話をしてくると、違和感をお感じになると思います。きっと 
 あなたは顔なしは大きな影響を物語に与えているような錯覚を感じ 
 ていると思うのです。何故でしょうか。これは、ただ1シーンを指 
 して指摘できます。顔なしと千尋の対決のシーンがあり、それで油 
 屋が波乱に満ちるからです。 

  ですが要素に分解し、それの動きを分析してみると、この顔なし 
 の行動は物語になんの影響も与えていません。始まる前と終わった 
 後の構造を比べて見ると、ほとんど動いている要素がないのです。 
 ただ一つあります。千尋がしぶ団子を使ってしまう事です(ここで 
 も宣伝してくれるのですが)。しかし、これは別に顔なしである必 
 要はありません。 

  さて、では顔なしである必要、登場する必要とは何なのでしょうか。 
  登場するからに大きな影響を与える必要があります。誰にでしょう 
 か。分かりますか? 実はあなたになのです(^_^; 
  ハクのところでエンターテイメントについてちょっとだけお話し 
 ました。いかに面白いと感じてもらうかがエンターテイメントです 
 が、これには、激しい動きなどなどのシーンが必要だとお話しまし 
 た。ですが、全体的に見ても、この千と千尋の神隠しはそのような 
 エンターテイメント性を持っている要素が少ないのです。F−1を 
 舞台とした物語でしたら、激しい動きはありますし、不正をするド 
 ライバーぐらいいてもおかしくないですし、大きな音が出ますし、 
 激しく超高速で物が壊れますし、格好いいですよね。エンターテイ 
 メント性に満ちています。 
  お分かりでしょうか。実は、あの顔なしが暴れたシーン付近でど 
 うしても、一度お話に動きをつける必要があったのです。そうでな 
 ければ、エンターテイメント性に乏しく、あなた、つまり観客にあ 
 きられてしまいます。それが、油屋のメンツを見るとエンターテイ 
 メント性があるのはハクと湯婆婆のみです。この部分を進展させる 
 にはちょっと早すぎましたので、どうしてもイレギュラーな「動き 
 をつける要素」をでっち上げる必要が出てきます。その結果、文字 
 を斜体にしたような動きを何とか与え、大して物語に影響を与える 
 事が出来ずに、終わり方も???の悩ましげな顔なしが生まれるの 
 です。それが、あたかもウリであるように見せてしまう千と千尋の 
 神隠しはなかなかしたたかですよね。 

  顔なしについてもうちょっとだけお話してみましょう。 
  イレギュラーで、物語的にはあまり影響を与えないと言った顔な 
 しですが、この人物が何とか受け入れられる理由についてお話をし 
 たいのです。少し皮肉な言い方になってしまうのですが、これはこ 
 の顔なし周りの人間関係にあります。つまり、顔なしから唯一引か 
 れた関係線、顔なし──千尋の関係線にその秘密があるのです。と 
 ても不思議な関係線です。そして、恐ろしいことにこの千尋と顔な 
 しの関係線の事を、この千と千尋の神隠しでは、一切語っていない 
 のです。困ってしまいますよね(^^; 

  さて、では何故、この関係線は顔なし──千尋でなければならな 
 いのでしょうか。よくある形で、顔なし──親友──千尋のような 
 関係線があります。千と千尋の神隠しでは、親友に千尋の先輩を当 
 てるよいでしょうか。先輩が怪しげな行動をとりだして、なんての 
 は、ハラハラしますし、どきどきしますよね。何故、千尋なので 
 しょうか。なぜ、先輩を有効に使わないのでしょうか。 

  この秘密は「千尋の個性を見せるためにある」という言葉足らず 
 な言葉で説明できます。えっと、驚かないで下さいね(^^; こん 
 な疑問を抱くことは当然だと思います。 
 「千尋の個性を消していたのではないか?」 
  確かにその通りです。個性は厳禁です。共感をされにくくなります。 
 ですが、この千と千尋の神隠しでは、共感を維持したまま個性、も 
 しくは強い感情を見せる事に成功しています。うーん、どうしても 
 矛盾した言葉になってしまいますね(^^; 上手い言葉が浮かびませ 
 ん。とても直接的に言えば、千尋の個性を自分も同じだと思わせる 
 テクニックなのです。どうやるのでしょう。あの映画の中で確かに 
 やっているのですよ。 

  少しその前に、何故、千尋が個性を持つ必要があったかについて 
 お話しましょう。これはシンプルです。苦労を強いる行動をさせる 
 には強い感情が必要なのです。いえ、この辺が説明しにくくて苦し 
 いのですが、強い感情を持っているように見せる必要があり、その 
 前提に個性があり、かつ共感を失ってはならない訳です。 
  この場合の強い感情は、ハクへの好意がそれに当たります。 
  作中では、愛だの、ボーイフレンドだのはやし立てられるのです 
 が、この辺も悩ましいです。あまりに透明な千尋なためあのように 
 無節操に分かりやすい言葉ではやし立てないと、観客でさえ千尋が 
 恋心を抱いている事を疑問に思ってしまうのです。ですが、この悩 
 ましい恋愛感情も、成立するために難産が必要でした。ハクと対等 
 な、一対一の人間にならなければ、片思いやまた甘えるだけの関係 
 のように多少のゆがみがある関係になってしまいます。 
  困ったことに、宮崎アニメのヒーロー──ヒロインの関係線は対 
 等でなければならないようなのです(^^; 何故と言われる不思議 
 ですし、私などは「ヒーロー──ヒロインの関係線で遊んじゃおう! 
 どんな物語になるんだろう?」などと(← 私事ですが、これ面白 
 そうですね。そのうち特集を組んでみたいと思います ^^;)考え 
 てしまうのですが、どうやらこれは宮崎アニメのポリシーみたいで 
 すので、守る事にしましょう。 

  さて、これを実現するために千尋は油屋の面々より独立した人物 
 にならなければなりません。なんたって「ハク様」と対等にならな 
 ければならないのですから(^^; そのために、このシーンのアク 
 ロバッティックな方法によって、それを解決しています。また百八 
 十度正反対の席に座って、このシーンが出来あがる経緯を想像して 
 みましょう。あなたならどうしますか? 満たさなければならない 
 条件は、 
 「千尋を油屋の面々より独立させる」 
 「共感を失ってはならない」 
 「エンターテイメント性のあるお客によってこれをなす」 
 です。 
  難問ですよ。もし、千と千尋の神隠しで使った方法でない方法を 
 思いついたら、きっとボリショイサーカスにだって入れてしまいま 
 すよ(^^; 

  さて、この絶壁に、千と千尋の神隠しはどう挑んだのでしょうか。 
  0から登り始めるのは私には無理そうですので、千と千尋の神隠 
 しの通った道筋と思われるものを辿ってみる事にします。 

  まず、千尋との関係線を引きます。後で暴れる事が決まっていま 
 すので、意外性を持たせるために弱々しい人物にしましょう。観客 
 の同情を引きましょう。千尋と観客の気持ちに異差を与えてしまう 
 のは厳禁です。こうして、何となく寂しげな顔なしのプロトタイプ 
 の形がおおよそ見えてきます。ここまでは何とかなるでしょう。 

  次に、後で波乱を呼ばなければなりませんから、千尋との関係線 
 は不安定な関係線でなければなりません。つまり「好意」「敵意」 
 か「敵意」「好意」です……、と言いたかったのですが(^^; こ 
 の辺からテクニカルになってきます。千尋は好意も敵意も持っては 
 なりません。強い感情があってはならないからです。ですから、千 
 尋は微弱な好意と敵意の間を揺れ動きます。全部足すと0になる訳 
 です。一方、顔なしは莫大な好意を示します。ですが、好意ばかり 
 では千尋にいいように使われてしまいますので、好意が受け入れら 
 れないと分かった瞬間に、それを正反対の膨大な敵意に変えるので 
 す。はいはい、極めて不安定な関係ですよね。 

  もう一つ技術があります。顔なしの好意と敵意のエネルギーが膨 
 大になっていくという過程があることです。はじめは千尋と釣り 
 合っていたエネルギーがどんどん増していきます。あまり演出には 
 言葉を挟みたくないのですが、油屋の人を次々と食べ、力がつき、 
 大きくなっていくことは、このエネルギーの増大を見事に現してい 
 ます。このエネルギーが徐々に増加していくのを何度も何度も描く 
 のは、観客と千尋を戸惑わせないためです。一般人に犯罪者の思考 
 が分からないように、いきなり一般から離れた物を見ても、分から 
 ないのです。分かってもらうには過程を見せるしかありません。そ 
 のために、かなりはじめの方から顔なしを登場させ、長い時間ずっと 
 登場させているのです。これは、出したいからではないですよ。出 
 さざる負えないのです。 

  さて、「エンターテイメント性」と「共感を失わない」の準備は 
 出来ました。エンターテイメント性は千尋──顔なしの不安定な関 
 係により、そして共感を失わないのは千尋の気持ちを微弱な好意・ 
 敵意に収める事によって成り立ちます。 
  では、この条件を満たしたまま、「千尋の油屋よりの独立」を成 
 し遂げてみましょう。どうすればいいか分かりますか? 逆立ちを 
 してみて下さい。これは冗談ではありませんよ。逆転の発想なので 
 す。 
  「千尋を油屋より独立させる」事が目的です。この際に、どうし 
 ても千尋の感情によって独立をさせたくなってしまうのですが、千 
 尋の感情は微弱と決めてしまいました。では、油屋を異常な世界に 
 してしまいましょう。千尋が動じなければ、千尋は完全に独立する 
 事になります。鮮やかな対比が見えてきましたか(^_^) これが 
 あの顔なしが無制限に生み出したゴールドラッシュの効果なのです。 
 あの中、千尋はあの中で微弱な感情を動かすことなく(共感を失う 
 ことなく)、見事に浮き出る存在となれるのです。 
  分かりにくいでしょうか。 
  版画に例えて見ましょう。二つの全く異なった手法が分かるかと 
 思います。 
  どうしても千尋を描こうとすると、平坦な版木に千尋の像を彫り 
 込んでしまいそうになります。確かにそれでも千尋を描けるのです 
 が、この千と千尋の神隠しでは千尋にノミを入れることは許されて 
 いません。千尋の線を掘り下げてしまえば共感が得られなくなって 
 しまうからです。 
  さて、版画を考えて見ると、千尋にノミを入れずに千尋の形を作 
 り出すことが出来るのが容易に分かるかと思います。つまり千尋以 
 外の部分を掘り下げるのです。これなら、普段と大して変わらない 
 千尋であってもとても浮き出た存在に見えてきます。つまり、あの 
 千尋はあのゴールドラッシュの中で、興味なさそうにしている事に 
 よって、極めて目立つ存在になることに成功しているのです。 

 ● 04 ● おわりに                      :[ 04 ] 
  ̄ ̄ ̄ ̄ 
  もうちょっと書きたかったななんて思うのですが、とりあえずこ 
 の辺にしておきましょう。尻切れトンボのような気がしてしまうの 
 は、この号外も千と千尋の神隠しにあやかって、結論を用意してい 
 ないからです。 

  もし私が、物語の絶対的な価値をたった一つしか選べないのであ 
 れば、私は苦しみながらも、きっとこう言うと思うのです。「より 
 魅力的な感想文が書かれる事、もしくはその物語によって多くの人 
 のそれ以後に影響を与える事」 きっと物語に対する正確な解釈は 
 必要ないのです。ですから、千と千尋の神隠しはなんて幸せな物語 
 かと思ってしまいます。多くの観客に見られ、きっと多くの、自分 
 だけの感想を誰もが持ったのではないでしょうか。どれほど膨大な 
 感想文が日本中にあるのでしょうか。私はその想像もできないよう 
 な多彩さにこそ、価値を感じるのです。 
  あなたの千と千尋の神隠しは、どんな物語でしたか? 

  さて、最後になりましたが、今回の号外をお読みになって、根本 
 的に作り手と観客は正反対の視点で物語を見ているとお感じになり 
 ませんでしたか? 何か、観客がたぶらかされているいるように感 
 じてしまうかも知れませんが(^^; その本質的に大事な部分は、 
 千尋という、物語に参加する場所を用意して上げている事なのです。 
 映画ですから、当然一度焼き付けた映像を変えることは出来ません 
 が、あえて結論を描かずに(結論を描くと、支持/不支持に二極化 
 してしまうのです)、判断を観客に委ねる事により、間接的ではあ 
 りますが参加させているのです。結論は要らないのです。必要なの 
 は人の心を自発的に動かしてあげる事であり、そしてそれを成し遂 
 げる技術なのですよ。 

  お疲れさまでした(^_^) 

 ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■―― ■ ―― ■ 
                           号外号   2001/09/24 
   「 物 語 解 析 」 
    〜 「千と千尋の神隠し」解析 〜 

 発行者:hikali 
   文:hikali 

 ■ ―― ■ ―― ■ ―― ■ http://www.seikou-toutei.com/nmk/index.html


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